Sweet Smell 12-01月号

医師としても尊敬していた父が10月4日に帰らぬ人となりました。これまで特に大きな病気もせず、健康であったのですが、一昨年腎臓を患ってから入退院を繰り返すようになり、心臓にも負担がかかるようになっての結末でした。

プライベートでは美味しい料理を食べる事が好きで、お酒はワインとカクテル一辺倒で、特にカクテルはホーゼスネックが大好きでした。ホーゼスネックというカクテルはブランデーがベースでジンジャエールを入れてグラスの内側にレモンの皮を巻き付けるカクテルレシピですが、父は使用するブランデーはマーテルのコルドンブルーでなければいけないというこだわりを持っていました。ある時、あるお店で出されたホーゼスネックを一口飲んだだけで、「中に入っているブランデーはコルドンブルーではない。なのでこれは本物のホーゼスネックとは言えない」とバーテンに意見したり、またある時は別の店でレモンの皮が途中で切れているので、改めてもう一度作り直すよう指示したそうです。 まるで老人クレーマーのようですが、私は頑なに自分の好きなものに対して強いこだわりを見せる姿勢に好感を持っており、またどんなに飲んでも決して酔っぱらって乱れることはなく、周囲の方々より「先生のお父さんはかっこいいね」とか「先生のお父さんは紳士だよね」とよくお声をかけてもらっていたところは、私の自慢の父でもありました。

性格はというと人に対しての細やかな気配りを忘れず、患者さんに対して一人ひとり診察が終わるたびに診察用のイスから患者さんが降りやすいよう、自分は一歩大きく後ろに下がって、両ひざに手をついて会釈しながらネブライザーを勧める姿が今でも脳裏に焼き付いています。しかし正義感が強く、会合の場でも自分の意見をはっきり押し通す場面も多々あるなど、非常に厳格な一面もありました。40年ほど前の話ですが、当時は看護師は数名当院に住み込みで働いていました。父に気づかれぬように病院の規律を破った看護師達に対して、実家に追い返したという話や、朝礼の際、皆の前で「あなたは白衣を脱ぎなさい」と言った話を聞いたことがあります。父自体が私の祖父より厳しく育てられたのでその影響も大きかったのかもしれません。今の時代、すぐパワハラとか言われ、人に厳しく接することがためらわれやすい時代です。しかし人への戒めを怠るということは、それを人に指摘するべきことをあえて見逃すという事なので、自分にも甘くなり、相手だけでなく、自分の人間的成長もブレーキがかかってしまうと思います。それを実践し続けた父の薫陶を胸に刻みつけて今後も周囲への毅然とした態度は継承していきたいと思います。

最後に私たち家族に対して最大の心配りを示してくれました。病気がちになった今年からは体がしんどくなり診療も通常の1時間から30分、20分と短くなっていきました。それでも鞭打って仕事を頑張り、先日、土曜日に開催される子供の運動会を私が応援に行けるようにと、入院中にも関わらず、わざわざ外出許可をとってその日半日あまり、私の代わりに病院の診療をしてくれたことは、家族一同、非常に感謝しています。あまり親孝行はできなかったかもしれませんが、天国で見守る父の為にも、これからは家族全員力を合わせて生きていきたいと思っています。