Sweet Smell 6・7月号

和食を彩る私の好きな香辛料の一つにワサビがあります。わさびは山葵と書くものと思っていましたが、918年に「和佐比」と記されたのが起源で、学名はWasabia japonica Matsumです。チューブ、パック入りの練りわさびは類似植物であるセイヨウワサビが用いられており、区別するために本物のわさびを本わさびと呼ぶようになったそうです。

香気成分はイソチオシアネート(isothiocyanate:ITC 以下ITC)、アルコール、アルデヒド、ケトン、ラクトン、テルペンなどです。山葵に含まれる含硫化合物の前駆体であるからし油配糖体にミロシナーゼという酵素が作用してアリルイソチオシアネートが生成されます。ITCには抗菌作用があり、刺身に用いる一因でもあり、大腸菌、黄色ブドウ球菌、チフス菌、コレラ菌と幅広く効果があります。一方、抗アレルギー作用も示唆されており、基礎研究においてサブスタンスP(substanceP:SP)、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP) 、神経栄養因子(nerve growth factor:NGF)を有意に減少させることにより、アレルギー性鼻炎を抑制する可能性が報告されています。

わさびの辛味というのは実は生理学的には“温痛覚”です。TRP(transient receptor potential)という温度刺激受容体が存在し、唐辛子の香り成分であるカプサイシンはTRPV1、ペパーミントのメンソールはTRPM8に対して、そしてわさびのITCはTRPA1に受容します。熱活性化温度閾値と、ヒトが痛みを感じ始める温度閾値がともに43℃で一致することが証明されたことが、英語の“hot”が「熱い」「辛い」両方の意味を示すことの科学的根拠になったという訳です。他の特筆すべきトピックとしては、ワサビの匂いを用いた聴覚障害者向け火災報知器がイグ・ノーベル賞を受賞したことが挙げられます。

西日本はわさびを醤油に溶いて使う事が多く、東日本は溶かずに刺身にのせて食べる人が多いそうです(私は後者)。伊豆のわさびを取り寄せて、鮫皮(酸素とより触れ合うよう細胞を細かく摩砕できる)でおろして食べているのですが、贔屓の寿司屋で食べるような鮮烈さにはまだ少し欠ける気がします。あと安曇野で知られる辺り一面のわさび田というのをそのうち目と鼻で感じてみたいです。

<参考文献>
「わさび辛子油の抗菌作用を用いた特殊な用途・利用法について」/増田修一/AROMA RESEARCH No42 (2010)
「わさび香気成分、6-methylthiohexyl isothiocyanateの鼻炎抑制作用―ラットを用いたメカニズムの解析―」/浜崎泰佑/日本アロマセラピー学会誌vol10 No1(2011)
「生体はいかに温度をセンスするか−TRPチャネル温度受容体―/富永真琴/日本生理学雑誌vol65 No4・5 (2003)

5月は11年ぶりに口永良部に離島検診に行ってきました。

1年前の歴史的噴火が思い起こされますが、今だ小規模な噴火は続いており、屋久島からのチャーター船上で着岸前に硫化水素のにおいを感じました。

診療所の隣にヤギが飼われているのが印象的でした。