Sweet Smell 12・01月号

風味障害を例に挙げるまでもなく、嗅覚と味覚は密接な関係にあります。そこで今回のコラムは初めて味覚にふれてみたいと思います。ちなみに私は嗅覚を専門にしているので、世間的に注目される味覚にジェラシー(?)を抱いていた時期もありました。

形態
舌は前半2/3は顔面神経の分枝である鼓索神経、後半1/3は舌咽神経が支配している。それに対し軟口蓋は顔面神経枝の大錐体神経、喉頭は迷走神経枝の上喉頭神経が支配している。舌には4種類の乳頭(糸状、茸状、葉状、有郭)があり、味蕾は後3者のみ存在する。すなわち茸状乳頭は鼓索神経が、葉状乳頭と有郭乳頭は舌咽神経が支配神経である。
マクロスコープで観察してみると、正常所見は毛細血管が豊富であるのに対して、亜鉛不足の舌表面は味蕾の新陳代謝が遅れ、扁平化し末梢血管の流入が不足した所見となる(写真)。味覚分布として、かつて舌の先端は甘味、奥が苦味、側面が酸味を感じやすいと認識されていたが最近は否定的な意見が多い。
生理・神経
味細胞は約10日で上皮細胞から次々に新生・交替するいわゆるターンオーバーを繰り返している。甘味やうま味の受容体は胃、腸、膵臓に存在し、苦味受容体は肺、大腸の他、嗅上皮にも存在している。甘味、苦味、うま味がG蛋白質共役型受容体に対して、塩味や酸味はイオンチャネル型受容体である。
ちなみに辛味は味覚ではなく“温痛覚”であり、味蕾ではなくその近傍の自由神経終末で受容される。具体的にはカプサイシンなどのTRP(温度刺激受容体)V1、わさびのTRPA1、メンソールのTRPV8などがある。また味覚の中枢は側頭葉の島、便蓋にある。
妊娠と加齢
妊娠初期は酸味と塩味が閾値上昇すると言われている。加齢では舌表面が乾燥し、また甘味やうま味は親水性の性質を持つものが多いので受容されにくくこれらの味が薄く感じやすくなる。それに対して苦味は親油性物質が多く細胞膜を透過しやすいので「口の中が常に苦い」との訴えが多くなる。
亜鉛
亜鉛は300種類以上の酵素活性を持ち、亜鉛が不足すると味細胞のターンオーバーが延長し新生が妨げられるため味覚障害をきたす。
亜鉛は総量2.3gであり、血液内の亜鉛量は体内亜鉛総量のわずか0.3%ほどである。また採血して測定値として反映される血清亜鉛値はその10〜20%程度である。しかも日内変動が激しく、午前8時が最高値を示す一方、午後3時はおおよそ20ug/dlと低い値(正常値は80〜130ug/dl))を示しやすいので早朝の時間帯の測定が望ましい。またキレート作用のある薬剤や一部の食品添加物では医原性味覚障害をきたしうる。
ちなみに血清洞は亜鉛と相反の関係にあるが、これは亜鉛摂取により腸管のメタロチオネインが誘導され銅の吸収が抑えられるためである。
疾患と病態
老化が進むと唾液腺が委縮して唾液の分泌が少なくなり口腔内がいつもカラカラ、べたべたするとの訴えをよく耳にする。また味覚神経と三叉神経は互いに抑制的に働いているので味覚が悪くなると知覚過敏、いわゆる舌痛症になる。うま味は口腔全体で味わって初めて実感する味質で最近はうま味のうがい薬も検討されている。何を食べても金属の味がする、苦く感じる病態は異味症といい、錯味と同じ概念である。
味覚検査
濾紙ディスク法による味覚検査が知られており、これは甘味、塩味、酸味、苦味の試薬を浸した濾紙を舌の各部位に数秒間留置して、各々の味覚を感知するか否かを段階的に測定する方法である。苦味を最後に測定する以外は他の3種の検査施行の順序はアトランダムにしたほうがよい。他には電気味覚検査法がある。
治療
採血による亜鉛が高値でない限りは潜在的亜鉛欠乏を考慮して亜鉛製剤(ポラプレジング プロマック®)投与が治療として望ましい。亜鉛が低値を示さない例ではなく、亜鉛(投与)無効例を「特発性味覚障害」とみなすべきとの意見もある。
ちなみに亜鉛を含む食材には緑茶、牡蠣、レバー、チーズ、煮干し、抹茶、ごまなどがある。また舌の乾燥に対してもずく酢療法(1日3パックを6週間)というのもある。味覚の回復は、味質別では甘味や苦味が他よりも先行して回復しやすく、部位別では味蕾の多い舌後方からが回復しやすい。

<参考文献>
耳鼻咽喉科診療プラクティス12 嗅覚・味覚の臨床最前線/阪上雅史/文光堂
味覚・嗅覚診療の最前線/日本医師会雑誌/日本医師会
味覚障害の全貌/富田寛/診断と治療社
新耳鼻咽喉科学/切替一郎・野添恭也/南山堂