今年も昨年に引き続いて第2回嗅覚冬のセミナーに参加しました。これは「嗅覚障害をより深くより広く理解するために」をテーマに、全国で嗅覚外来を設けている耳鼻咽喉科医師が集う勉強会です。今年は高知大の奥谷文乃教授の主催で高知市桂浜にて2日間開催されました。高知は初めてなので楽しみです。
今回は特に「T&Tオルファクトメトリー・手技の実際と問題点」における検査方法で盛んな討議がなされました。AからEまでの5種類のにおい液のうち、Aの最も薄い濃度の-2から被験者に嗅がせ、その後A-1、A0、A1・・と正解するまで続け、以下B、C、D・・といわゆる"種類順"に行うのが通常の方法です。それに対してA-2、B-2、C-2・・・最後はC5、D5、E5というように、"濃度順"に測定していく方法が提案されました。
これを聞いて私は被験者の嗅覚疲労への配慮なのかなと感じました。嗅覚疲労(順応)というのは同じにおいを長時間嗅ぎ続けるとにおいが判らなくなるという嗅覚ならではの性質で、本来、動物が敵から身を守るために素早く、色々な種類のニオイを感知できるよう(索敵行為と言います)、自然と備わった能力だそうです。
においの情報伝達はまず、におい分子としての化学物質が嗅上皮表面の嗅毛に存在する受容体に結合すると、嗅覚タンパクであるGolfがアデニルシクラーゼという酵素を活性化してATP(アデノシン三リン酸)からC-AMP(環状アデノシン一リン酸)が合成されます。それが増加するとサイクリックヌクレオチド感受性チャネルが開いて、細胞内にカルシウムイオンが流入して脱分極することによって活動電位が生じ、脳内に伝わり、においを感じるという仕組みです。その際同じ物質が持続することで、あるレベル以上になってしまうとカルモデュリンというカルシウム結合タンパクが発現し、チャネルへのC-AMPの結合が阻害されるために匂いが感知できなくなるというのが嗅覚疲労の発生メカニズムです。
そのため異なるにおいを少しずつ嗅いでいくこの新法は嗅覚疲労が起こりにくいので最適な方法だと思ったのですが、従来の方法は同じ種類の"低い"濃度から徐々に"高い"濃度のにおい液を嗅いでいるので嗅覚疲労が発生しやすいという考えは妥当ではないかもしれません。しかしにおいにメリハリをつけることにより、被験者の嗅覚の感度が良好になり、より正確な検査結果が得られやすくなるとはと思います。
続いて嗅覚を左右別々に測定する際は患側A→B→C・・、続いて健側A→B→C・・という通常の検査法に対して、患側A→健側B→患側Cと、左右交互に検査していくという新方法も同様の理由で提示されました。一通りA〜Eまで終えると、"学習"してしまうので、その点はメリットがあるかもしれませんが、さすがに検査手技が少し煩雑すぎる(検者が混乱してしまう?)気もしました。その他、判定解釈、品質管理、におい対策に対する諸意見が参考になりました。
空いた時間を利用して、産業医大 柴田美雅先生、佐賀医大 鈴木久美子先生と、日曜市と桂浜(写真)を散策しました。トマト・ドライフルーツなど野菜や果物の格別の甘さ、鹿児島というより宮崎のような太平洋側の南国らしい温暖で澄み切った気候、坂本龍馬像が思ったより大きかったことなどが印象に残りました。
去る4月4日(土)に鹿児島県耳鼻咽喉科医会総会 臨床懇話会にて、「認知症と嗅覚障害、アロマセラピー」の演題にて講演しました。
参加者は主に開業の先生方であることより、匂いに関するトピックス、最近の嗅覚検査・治療を発表の前半で口演し、その後にスティック型嗅覚検査を参加者全員に施行しました。
最初の2問(正解は材木、練乳)は通例の検査法である四択問題で施行したところ2問とも8割の参加者が正解でした。そこで最後の3問目はまず官能表現(自由に自分の言葉で答える)とし、ティートリー、草、タンス、カンファー(樟脳)、仏壇を開けた時のにおいなど様々な意見が出た後で、再び四択問題で答えてもらったところ、今度は1/3くらいの正解率(正解は墨汁。選択肢は他にいおう、ニス、畳)でした。このことは嗅覚という感覚は事前の情報イメージに誘導されやすいことを示唆すると思います。
嗅覚における視覚的な情報の優位性(例えば白ワインに着色料で赤色にすると、赤ワインと返答する被験者が多数)は文献上でも多く見られますが、嗅覚の他者意見による誘導性というものを少し調べてみようと思います。
口演だけでは伝わらない部分もあるので、検査を実践することで嗅覚の奥深さをアピールできて良かったと思います。またラスト5分での匂いと香りのセミナー報告も反応上々でした。