五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)の中でもあまり重視されていない嗅覚(きゅうかく)ですが、“におい”はおいしさを感じたり、危険を察知する役目を持つなど、人間の基本的な機能に欠かせない重要な感覚の1つです。

検査の必要性

* 嗅覚減退(においが良く分からないこと)のある方
ガス・ガソリンもれ、火事の煙、食物の焦がしたにおいなど、気付くのに遅れると生活上危険なので検査・診断が必要です。
* におい・香りが重要な職業の方
調理師、ソムリエの方や焼酎醸造、アロマテラピーなどに従事されている方は、嗅覚が自分では正常だと思っていても、自分の正確な嗅力を知ることは仕事のqualityを高める意味でも大切です。
* 高齢の方
視力、聴力と同様、加齢により嗅力も落ちる事が最近明らかになったので、注意が必要です。

嗅覚障害の検査・診断法

* 基準嗅力検査
5種類・8段階の薬液を濾紙に浸して、においをかぐことによりその種類を答える検査です。過去19年間で延べ3200人検査しました。
平均認知域値すなわち嗅力は、−2から5.8であり、1以下が正常で以後、軽度・中等度・高度障害と段階的に判別され、5.6以上が嗅覚脱失となります。

* カード式嗅覚検査
日本人の生活習慣に適合した香りを中心に選択された簡易な嗅覚同定検査です。
4つの選択肢から、何のにおいを感じたかを1つ選んで回答する検査で、12種類中、9種類以上正解が正常です。
選択肢として、家庭用ガス、バラ、墨汁などがあります。

* スティック型嗅覚検査
2つに折り曲げた薬包紙に、においスティックを塗布し、擦りあわせた後、匂いを嗅いで回答する検査法で、においの種類、判定法などはカード型嗅覚検査と同じです。
選択肢として、カレー、バラ、蒸れた靴下などがあります。

* 静脈性嗅覚検査
アリナミン(VitB1)を静注して潜伏時間・持続時間を測定します。

* 鼻腔内視鏡(ファイバー検査)
鼻アレルギー・慢性副鼻腔炎・鼻茸(ポリープ)などの疾患の有無、嗅裂部の開存度をチェックし、鼻腔所見はTVモニターにて供覧できます。

* 日常のにおいアンケート
日本人の生活様式をふまえたアンケート検査で、正解率70%以上が正常です。

嗅覚障害の治療

* リンデロン(ステロイド)点鼻療法
懸垂頭位(仰向けに寝て、肩枕を入れ、かなり反り返る姿勢)にて点鼻液を両鼻腔に3滴ずつ点鼻し、そのままの体勢にて5分間保持する治療を、毎日朝夕2回行います。
ベッドサイトにて具体的に指導し、受診のたびごとに点鼻室にして点鼻します。従来の懸垂頭位法(写真)の他、頚椎の悪い方には側臥位法を行います。

* 当帰芍薬散
主に新型コロナ後遺症、感冒、交通事故などの嗅神経性嗅覚障害や、妊娠中の方に対して処方する漢方薬です。
* 嗅覚刺激療法(嗅覚トレーニング)
主に新型コロナ後遺症に対して施行します。日常、身の回りのものを頻回に嗅ぐことによって神経の興奮を持続させる方法です。
* 上咽頭擦過療法
新型コロナ後遺症、自己臭症(副鼻腔炎はないのに常に自分が臭く感じる)に対して1%塩化亜鉛を咽頭扁桃に綿棒で擦過します。週2回5週間の計10回行います。

Sweet Smell 02-03月号

恒例の第10回嗅覚冬のセミナーは青森で令和7年1月12〜13日に開催されました。

日本における嗅覚刺激療法全国研究の進捗状況
奥谷文乃(高知大学)
外国のデータとの非劣性を目標に研究中。においスティック検査におけるバラ(嗅素)は時間経過とともにレモンに感じやすくなるので開栓後は3か月以内に使い切り、また購入1年以内には使用すべき。
インターネット大規模疫学調査を用いた嗅覚障害の横断研究
鈴木淳(東北大学)
スペインの簡易嗅覚検査を用いて3か月以上嗅覚障害なし例を対照群とした。在宅勤務に嗅覚障害が多い、嗅覚障害をきたすとプレゼンティズム(就業しているものの病気や体調不良にて仕事に集中できず労働生産性が低下する)に影響あり、などの結果を得た。
嗅覚障害患者における嗅裂病変と鼻腔PH
関根瑠美(慈恵医大)
嗅覚障害がより重症なほどPHがアルカリ性を示す。PHを左右する要因は嗅粘膜腫脹や嗅粘液増量ではない。
超高齢者社会における嗅覚の可能性
竹内春樹(東京大学生物学教授)
匂い刺激は脳内アミロイドAβ(40アミノ酸のペプチドでアルツハイマー病で蓄積する)を減少させるγ波(脳波の一種)を誘起する。芳樟精油暴露マウスはアミロイドAβ量が減少した。リナロール暴露でも濃度依存性にアミロイドAβ量が減少した。においを嗅ぐことによりドーパミンが産生される。オイゲノールはメンソール同様、三叉神経を刺激する。
嗅覚に影響を与える因子の検討 岩木プロジェクト健診から
三國谷由貴(八戸市民病院)
住民500人以上を対象ににおいスティックのカレー、ひのき、墨汁で検査した。

結果と考察:
喫煙との関連なし。たばこによる嗅覚障害は可逆的なのでPack-yearsを重視すべき。玉ねぎ、大豆、スパイスをより摂取するほど嗅覚検査の結果が良好→具体的にはカレー。同様にレバーと焼き肉を摂取している人ほど、また亜鉛80以上の人も嗅覚検査の結果が良好。巧緻性の高い手指活動すれば脳血流増えるので嗅覚改善が期待できる。

他データ等:
弘前、金沢、東京の調査ではにおいスティックの正解率はカレー、ひのき・・ 練乳、家庭用ガスの順であった。高知はみかんの産地なので、みかんの正解率が高いのでは。嗅覚が悪いのは塩分摂取量が多いため。においスティックのマイクロカプセルの成分はテトラキサン系で、北陸ガスはテトラキサン系なので家庭用ガスの正解率が高い。ちなみに全国はメルカプタン系。
更年期の嗅覚障害に当帰芍薬散は有効か
志賀英明(金沢医大)
閉経後の女性に感冒後嗅覚障害が多いのはホルモンとの関係が一因。蒼朮含有のオイデスモール(胃酸分泌を抑制するH2ブロッカー作用があるセスキテルペノイド)が神経細胞の分化誘導に働く。
当帰芍薬散投与28日後にOMP(Olfactory Marker Protein:嗅覚マーカータンパク質。成熟した嗅神経に発現している可溶性酸性タンパク質)が増加する。当帰芍薬散は神経栄養因子(NGF、BDNF、basic-FGF、IGF-1)に作用する。NGFは嗅球に大量に存在し、メチマゾールを投与しただけでも増加する。
疑似処置マウス・卵巣摘出術マウスのモデル群と当帰芍薬散投与群とでは酪酸の忌避行動の有意差は見られなかった。閉経後女性では当帰芍薬散内服しても治療効果が減弱すると予想される。
Questionnaire of Olfactory Disorder(QOD)日本語版作成の試み
赤澤仁司(堺市立総合医療センター)
ドイツにおける4択問題29問、VAS 5問などから成るQOL質問票で、QOD、NS-QOD、brief-QODの3種類がある。異嗅症、QOL(否定的、肯定的)、社会的側面など心理的側面の調査になるが検査時間は10分と長い。Validation(内部整合性・検証)や他のQOL質問紙との相関が今後の課題。
当科における小児嗅覚障害症例の検討
春名威範(兵庫医大)
基準嗅力検査、においアンケートを施行。小児例は全体の2%を占め42%の改善をみた。原因として先天性、感冒後など。先天性嗅覚障害は治療法はない。成長期における嗅裂部狭窄も原因の一つとして考えられる。

SONYのにおい提示装置を久しぶりにデモ見学しました。

前回(本稿2023年6-7月号参照)よりも進歩した点は
@セルフモードになった
A同じ嗅素で濃度を変化できる
B同じ濃度で嗅素の種類を変化できる
です。

合間の時間にNAIM(Nasal-Airflow Inducing Maneuver)法を山内一宗先生(むつ総合病院)よりご教示頂きました。喉頭摘出患者における嗅覚獲得のリハビリ法で口の中のあくびをかみころす、口腔内で舌をあおぐ感じで鼻腔内を陰圧にすることが目的だそうです。また発祥はオランダで喉頭摘出術2週間後より開始しているそうです。次回はNAIM法におけるリハビリテーション器具についてもお尋ねしたいです。

東京に前泊して新橋鶏繁の焼き鳥(レバー、ささ身)に舌鼓を打ちました。プレミアム三井ガーデンホテルの最寄りの東銀座駅から、初めて京急線で羽田空港へ直行で行きました。

青森市内は2日間とも快晴でしたが市内全域2mほどの積雪で下半分は泥のため茶色(写真左)でした。

宿泊の浅虫温泉南部海扇閣は八甲田牛の朴葉焼の味噌が美味しく、館内行事の津軽三味線は感動しました。2次会(写真右)は今年も0時まで続きました。

長尾中華そばの濃厚煮干しラーメン(ごぐえぎ)は旨味が凝縮してクラムチャウダーほど濃厚でしたが、青森空港の味噌カレー牛乳ラーメンは「?」でした。

おみやげでは生のリンゴを丸ごと使ったアップルパイ、りんごジュースが家族にも評判でした。

来年は函館に内定で楽しみなのですが、過去に行けなかった三重、兵庫(有馬温泉)が今更ながら残念です。弘前大学の皆様有難うございました。


この欄では毎月におい・香りについての話題・所感について掲載する予定です。
におい・香りに関する質問をお寄せ下さい。


◆バックナンバー◆